リタ・マグレイス(2014)「競争優位の終焉 -市場の変化に合わせて、戦略を動かし続ける-」

同僚から「感想を聞かせてくれ」と言われたので、”借りて”まじめに読んで感想を書きました。競争優位の終焉 市場の変化に合わせて、戦略を動かし続ける

冒頭と第1章にて、競争優位は一時的なものでしかない、競争優位が持続しない、あるいはかつてよりはるかに短期間しか持続しないなら、優位性の再構成・再構築が必要、と筆者は主張する。

しかしながら、「競争優位は一時的なものでしかない」というのはすでに常識で、技術の変化、顧客心理の変化などにより環境変化は急激で、むしろ「持続的な競争優位」を考えている企業のほうが少ないように思われる。また、優位性から優位性へ移行していくイメージを掲げているが、現在の企業の事業戦略においては、「いかに新たな競争のルールをつくりだすか」という、地球上で新たな領土を探す競争から、宇宙空間に新たな惑星を創出する競争になっており、「競争優位の終焉」は概念としていささか古いと言って良い。

本書の結論は、「成長企業は途方もない内部の安定性を保つ一方で、途方もない対外的な俊敏性を発揮する方法を見出して実行している」という発見であり、「競争優位の終焉」というタイトルは、著者の発見と主張をタイトルとして正しく表現できていないように思える。「安定性と俊敏性のパラドクスマネジメント」とでもした方が、著者の主張がすんなり理解できる。


安定性と俊敏性の源泉とその方法が第2章以降に述べられる。ここが筆者の発見であり、主張である。多くが納得できるものであり、企業は規模の大小を問わず、自社内に取り込むべきであろう。

安定性の源泉では特に、これまで日本企業特有の強みと思われていた「たゆまぬ研修と人材開発」を強調している点が興味深い。従業員が優位性から優位性へ移行できる能力を身につけさせるための投資は変革に対する障害を取り除くとしている。

俊敏性の5つの源泉は変化をつくりだすことが苦手といわれる日本企業には大いに参考になると考えられる。第一は、柔軟かつ継続的に資源を再配分する傾向であり、新規市場に参入すべく業界の進歩を受け入れ、変化を歓迎することであるとする。第二は、質の高いデータ・システムと徹底した透明性に支えられた、資源の評価と配分。第三は四半期ごとの戦略の調整と資源配分の変更で事業活動のペースを上げ、変化に柔軟に適応する体制の構築である。第四は、イノベーションを継続的な主要業務としてとらえ、全社員の職務の一環とすることである。第五は新たなビジネスチャンスを探るオプション思考のパターンを持っていることである、という。

これらの5つの源泉に加えて、顧客との距離を近くする仕組み、顧客の声が組織全体に届く仕組み、事業の成否を組織全体が知覚できる仕組みを取り入れることが重要であると考える。顧客に接している人だけが市場をみられるという状況を防ぎ、失敗の痛みも成功の喜びもメンバー全員で共有できる組織デザインが必要である。

これら俊敏性の6つの要件を満たした成功モデルが日本にある。現在、最先端の経営モデルと考えられている、京セラのアメーバ方式である。全員がハンズオンの事業運営を維持するために組織を割っていく仕組みである。アメーバ方式の俊敏性は研究する価値がある。


第4章では資源配分を見直して効率性を高める考え方のひとつとして「倹約」が指摘される。「倹約」「コスト削減」の真髄は目に見える経費を少なくすることではなく、「仕事のやり方を変えること」である。定期的に「仕事のやり方を変える」ために「倹約令」を出すことは効果があるだろう。


第5章ではイノベーションに習熟する6つのステップが示される。概念としては理解しておいたほうが良かろう。


最後に、本書では「明確にわかる」と書いてあるが、早期に気づくのは相当難しいと考えるのが、第3章に示される「衰退の早期警報を逃さない」との指摘である。筆者は「アンテナを張りめぐらしていれば、たいてい多くの有用な情報が見つかる」として、自社の差別化要因が思いつかない、競合の製品力と同等になる、売上げ成長率の小幅下落などが起きることが予兆であるとしているが、これでは遅すぎる。これらの警報が出ている頃にはすでに衰退が始まっているからだ。また、これでは戦略の再構築をしている間に倒産が訪れる。もっと早い段階の変化を察知し、クリティカルな変化であると認識し、それを戦略に反映させる俊敏性が必要であると考える。


たとえば、一時期は隆盛を極めたシャープの液晶事業の衰退の予兆はどこにあったのか考えたい。シャープは売上高約8000億円の頃、89年から91年の3年間で1000億円以上の設備投資を行い、その後の設備投資も合計9450億円となり、液晶パネルの売上高が50%を超え、2008年には純利益が1080億円と過去最高益となった。まさに筆者の指摘する、関西三流家電メーカーから液晶パネルへと優位性を移行した。しかしながら、2010年には約1500億円の営業損失となり、財務状態の悪化も加わり、倒産寸前に追い込まれる。製品力や売上げなど製品に直結する警報は成長過程には出てこない。筆者の指摘するポイントは衰退が始まってからの警報であり、遅すぎる。

私は、シャープの液晶事業の早期警報は2005年のYoutubeの登場であると考える。Youtubeの登場を「動画コンテンツ流通の破壊」、「情報表示ツール概念の破壊」として捉え、GoogleYoutubeを買収した2006年のタイミングで撤退の意思決定をすべきであったと考える。(2006年のシャープは絶頂期に向かうところ)。
著者の主張とは異なるが、早期警報は自社の周りには現れない、と強調したい。本書でも記述されている、とんでもない場所からまったく新しいカテゴリーが現れたときに、それが自社にとって脅威であると感じられる恐怖心を持ち合わせることができるかという点(The Butterfly Effect)が、安定性と俊敏性の大前提であると指摘しておきたい。